職業感染 針刺しの脅威
はじめに
 職業感染制御研究会による針刺し切創サーベイラン スツール(エピネット日本版)の開発と普及がすすん でおり、2012 年現在、エピネット日本版は国内の約 1,200 の病院等で利用されている。
 そこで、全国エイズ拠点病院より1996 年度〜 2010 年度に収集されたエピネット日本版A(針刺し・ 切創報告書) のデータ(51,000 件、のべ施設数 1,680 施設)をデータベース化し、Episys201 の集 計機能やこれまで実施されてきた調査結果を含めて「見 える化君」等を利用して解析した。
 集計・解析した結果を1996 年度〜1999 年度、 2000 年度〜2003 年度、2004 度〜2008 年度、 2009 年度〜2010 年度の4 時期で比較し、経時的 な状況変化をまとめた。
 さらに、同上の施設で2004 年度(229 施設)、 2008 年度(112 施設)、2010 年度(75 施設)に アンケート調査した内容も一部附記した。

Ⅰ.1996 年度~ 2010 年度の針刺し・切創の動向(JES2011 を含む)の概要
  • この報告における最新サーベイランス参加病院の状況は、JES2011(Japan EPINet Surveillance 2011) として、81 病院が参加。分析可能なデータは、2009 年度は2,769 件/ 年/73 施設、 2010 年度は2,986 件/ 年/76 施設、合計 5,755 件であった。
     施設の内訳は、大学病院が34 施設、大学病院以 外が47 施設である。
  • 以下、1996 年度~ 2010 年度を4 時期に分けて比較した結果を述べる。
    JES2011参加施設

  • 受傷者の職種は、報告全体に占める割合は看護師が ほぼ半数、医師が3 分の1 を占めている。看護師 の割合は、減少傾向(2000 年度~ 2003 年度; 61.1% → 2009 年度~ 2010 年度;52.0%) で ある一方、同時期の比較において医師の割合は増加 傾向(28.1% → 34.6%) にある。
    JES2011受傷者の職種

  • 発生場所は、2009 年度~ 2010 年度において病 室(32.0%)、手術部(27.1%)、病室外(10.1%) で全体の7 割を占める。病室・病室外の針刺しの割 合が減少傾向、手術部の割合が増加傾向にある。
    JES2011発生場所

  • 2009 年度〜2010 年度の曝露源患者確定事例に おけるHCV 陽性割合は18.6%(5 人に1 人)。 1996 年度からのデータでは、報告事例における HCV 陽性血液曝露が占める割合が、年々減少して いる。
    JES2011HCV検査結果

  • 他人が選択した器材で受傷するのは、34.9% で、 年々その割合が減っている。
    器材の選択・使用者

  • 針刺しの発生状況では、2009 年度~ 2010 年度 において使用中が最も多く(26.9%)、廃棄容器関 連の受傷(15.4%)、数段階処置中(11.1%)、使用 後廃棄まで(8.9%) の順となっている。リキャップ による受傷が全体に占める割合は8.8% である。
    JES2011発生状況

  • 「リキャップ」「使用後廃棄まで」による針刺しが全 体に占める割合は減少傾向が続いており、使用前、 器材の分解、廃棄容器関連の針刺しの割合が増加傾 向である。
  • 針刺し原因器材は、注射針、縫合針、翼状針、静脈留置針が4 大原因器材である。
    JES2011原因器材

  • 翼状針は減少傾向にあり、静脈留置針も近年減少傾向に転化している。
    JES2011翼状針
    JES2011静脈留置針

  • 手術部の割合の増加とともに縫合針による報告事例 が増加している。薬剤充填式注射針による針刺しも 増加傾向にある。針刺し・切創全体でみると、薬剤 充填式注射針8.1%のうちインスリン目的で使用さ れた針は7.3% であった。これはペン型インスリ ン注入器用針の流通量の増加と安全装置つき器材の 未普及によるものと考えられる。日本では、2012 年5 月時点で、1社からペン型注入器用安全機能付 きインシュリン注射針が販売されているが、その器 材の臨床使用評価が待たれるところである。
  • 2009 年度〜2010 年度の翼状針による受傷の 87.8% および静脈留置針による受傷の41.6% は 安全器材による受傷である。
注)調査結果の限界
  • 集計された事例は、曝露事例の一部
  • 各病院において、未報告事例や報告されてもエピネット日本版に入力していない事例があると考えられる。
  • この集計は度数の集計であり、リスク分析ではない。

<JES2011 の概要>
  • 目的:血液媒介病原体による病院感染・職業感染予防のため、日本の針刺し切創事例等の発生動向を把握し、針刺し切創の発生リスク要因の解明と予防策の提案、サーベイランス参加病院でのデータや経験を交流する素地を形成を目的として実施した。
  • 方法
    • 企画・実施:職業感染制御研究会・エピネット日本版サーベイランスワーキンググループ(JESWG、ジェスウオグ)2009 年07 月:エピネット日本版全国サーベイランス(JES2009) 参加病院の募集。117 病院が文書で参加表 明、JES2009 の結果の公開( 第26 回総会、HP 上等)。
    • 22011 年08 月:JES2009 参加114 施設にJES2011 および施設調査へ参加依頼。84 施設がJES2011 に参加意向有りと回答。
    • 2011 年12 月までにエピネット日本版A、B (Episys201A&B)によるデータ提供は78 施設(最終分析データは76 施設)、データ数計23,701 件(過去データを含む)。
    • 2011 年12 月〜 データクリーニング、分析、参加施設へのフィードバック実施。
    • 2012 年02 月成果の公表・評価、職業感染制御研究会HP へアップ。
  • 倫理審査
    JESWG メンバー所属の(財団法人労働科学研究所倫理委員会)で審査(2009 年4 月承認、通知番号09-001)。

Ⅱ.アンケート調査概説
  • 100 稼動病床数あたりの針刺し件数およびHCV 針刺し割合各々の平均値を比較した。
    • 針刺し件数においては、2004 年度は大学病院で8.2 件、大学病院以外で5.3 件、2010 年度は前者7.9 件、後者5.3 件であり、どちらの年度でも大学病院と大学病院以外で有意差がみられた(P <0.01)。
    • また、HCV 針刺し割合においても、2004 年度は大学病院で23.1 件、大学病院以外で16.9 件、2010 年度は前者21.5 件、後者13.7 件で、どちらの年度でも大学病院と大学病院以外で有意差が みられた(P < 0.01)
    • 単なる針刺し数の比較ではなく、針刺し報告率の指標として用いられるHCV 陽性の針刺し割合を用いて、一定の条件をそろえた比較も試みた。
      100稼動病床数あたり針刺し件数およびHCV針刺し割合各々の平均値の比較

  • 2010 年度の調査施設全体の針刺し発生率を、職種別針刺し発生率(特定職種A の年間針刺し件数/特定職種A の常勤換算職員数× 100)でみると、最も高い職種は研修医であり9.7 件、次に医師4.1 件、看護師3.5 件、臨床検査技師3.0 件であった。
    職種別針刺し発生頻度

  • 安全器材導入状況 は2004 年度、2008 年度、2010 年度と経年経過を見ると、ほぼ全種類の器材導入が増加傾向にある。翼状針98.7%、静脈留置針96.0% を筆頭に、ランセット、血液ガス、閉鎖式輸液システムが多い。また近年、シリンジ採血の需要に応じた血液分注器の導入が著しく増加傾向を示している。
    安全器材導入状況

  • 器材別10 万本使用器材あたりの針刺し発生頻度(特定器材A による年間針刺し件数/ 特定器材Aの年間使用本数× 100,000)について、安全器材導入が最も多かった翼状針と静脈留置針が各々10.0 件、4.3 件と開きがあった。この差はどこに問題があるのか、安全器材の有無に関わらず器材の問題点を検討するためには、今後針刺し時の報告の際、器材の商品名も報告項目に加える必要があるかもしれない。
    器材別10万本使用器材あたりの針刺し発生頻度

まとめ

  • 今回JESWG で収集した経年的エピネットデータと施設調査とをコラボし、比較・分析したことにより、針刺し・切創の現状がさらに具体的になり、個別的課題もあきらかになった。今後、HPや各種発表の場を通して、詳細な針刺し防止対策の提言をしていく予定である。
  • また、サーベイランスの制度を上げ、ベンチマークとして関係者に広く利用してもらうためには、協力病院のデータの質の管理を推進するとともに、より多くの施設が参加できるシステムを構築するなどの検討を続ける必要がある。

エピネットサーベイランス2011 ワーキンググループ

網中眞由美国立感染症研究所 細菌第二部第一室
木戸内清岐阜県東濃保健所
黒須一見財団法人 東京都保健医療公社荏原病院
満田年宏公立大学法人 横浜市立大学附属病院
森澤雄司自治医科大学附属病院
森澤雄司自治医科大学附属病院
吉川徹公益財団法人 労働科学研究所
李宗子神戸大学医学部附属病院
和田耕治北里大学医学部公衆衛生学
 
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